花火師という知られざる世界は
圧倒的なアートでありライブエンタメだった
本物の花火をみたことがあるか?
磯谷 尚孝 氏
株式会社 磯谷煙火店 代表取締役
公益社団法人 日本煙火協会 会長
一般社団法人 日本煙火芸術協会 副会長
夏の風物詩「花火」そしてそれが打ちあがる花火大会。この季節になると何万発の花火があがる大会や、尺玉と呼ばれる大きな花火があがる大会が、雑誌などで特集を飾る。この尺玉が都内の花火大会では殆ど見ることができないことはご存じだろうか?花火大会=お祭りに変換されてしまい、本当に美味しいウニを食べた事がないからあまり好きではない!というような現象と同じく、「本物の花火」を目にしたことがなければ、花火が本来与えてくれる「感動」を得ることはできないのだろう。今回は数々の花火競技会での賞を獲得し、多くの大会からも引く手数多な花火師、株式会社 磯谷煙火店代表取締役、公益社団法人日本煙火協会会長、一般社団法人日本煙火芸術協会副会長磯谷氏に、花火の魅力、思いを語ってもらった。このインタビューで、貴方は確実に本物の花火をみにいきたくなるだろう。
――そもそも磯谷さんは最初から花火職人を目指されていたんですか。
家業が花火を作っていて、明治20年創業の今は130年になりますが、私が4代目なんですよ。小さい頃から花火に囲まれていました。ただうちの親は、どちらかというと花火は継ぐなと言われて育てられたんです。なので親は私に、継ぐことは望んでいないと思っていました。実際のところは最後の最後まで分からなかったですけどね。私も性格が天の邪鬼なので、継げ継げと言われたらどうだったかわかりませんが、やはり中学ぐらいから間近にあることもあったし、花火も見に行ったし、だんだん好きになったというのはありますね。高校ぐらいの時には花火をやろうとは思っていました。
――花火をやるのに勉強するというのは、それはお家で習うということですか。それとも外で勉強したりという。
修行みたいなことも行われる例もありますけど、基本的には行われていないんです。私は、例えばサイエンスとして、花火の火薬に関することを教えてもらえるようなところがあれば、と思っていたんですけど、大学受験の時にもそういう情報は知らなかったんです。卒業してだいぶ経ってから、九州工大には火薬の性能を研究している研究室があるよということがわかったくらいで。それこそ昔のアスリートが根性だった所から、現在では科学を使っているじゃないですか。だから私たちも職人で先輩からの知恵も大切ですが、科学的に解明していくということで、もっと花火は良くなるんじゃないかな、というのは思っています。
――ただ親御さんという、一番近くに師匠が。
師匠もあれなんですよね。やっぱり職人気質もありますけど、ここをこうやって作って、なんて教えてもらった記憶はないし。むしろ花火に対する姿勢とか、そういうものは影響を受けていると思いますが、具体的な技術に関しては直接的に教わるということはあまりなかったかな、という気はします。
――ご自身で学ばれた。
そうですね、それはありますね。
――見て学んだり自分で調べて。
一つ色を改良するにしても、色々実験をするわけです。たとえば一つの色を最初5つぐらい組成を変えて打ち上げるわけです。その中で一番良い組成のものでまた変えていくわけです。そういうことをずっと突き詰めて、全部で100ぐらいやると、ある程度理想としている色になります。そういうことをやっている会社ももちろんあるし、過去継承してきたままという会社もたくさんあります。調合や組成など、どういう薬品使うとどんな色になるかというのは、目で見て分からないんですよ。でも花火の形というのは、私たち花火師は、みれば大体わかるんです。花火をみれば、あれはああいう部品の配置と大体想像がついてしまう。100%までとはいかない場合もありますし、もちろん100%の場合もある。ただ色というのは、原料薬品や組成がパッと分からないわけです。だからある意味、「色」が一番秘密は保持できるんです。ウチの花火はそういった色を評価していただいています。当然ながらこれは秘伝なのですが。
――良い色が出ているというのは感覚ですか。
そうですね。実は色って数値化するのがすごく難しくて、人間が多分綺麗に見えている色と、数値で出した色は多分ちょっと違うものですからね。
――空気の濁り方によっても違うし、人が見て感動する色も変わってきたり。
過去どちらかといえば原色を目指してきたんですけど、ここ10年花火の世界って結構中間色というか、水色とかレモン色とかピンクとかが増えてきているんですね。そんな中で「良い色」という定義が難しくなっているんです。このあいだ桜色という色にトライしているのを見ました。桜色ってちょっとピンクでちょっと白くて、実際の桜を見ると綺麗な色だなだと思うんですけど、ところが花火でやってみると、結果的には花火としては良い色と感じませんでした。光の色と絵の具の色の違いというのもあるとは思いますが、目指しているのは桜色と答えるかもしれないけど、良い色か悪い色かで言えばあまりよくない。それはやっぱり数値化するのがなかなか難しいなと。
ただ単に花火を見て感動してやりたいとなると、なかなか継続するのも難しい
――企業秘密などもある中で、磯谷さんは家業を継がれましたが、そうでない方が、例えば花火を見て感動して花火師になりたいという時はどうやってなればいいんですか。
よくあるんですよそれは。特に夏が終わった時に電話がかかってくるんです。花火師になりたいというのは毎年ありますよ。
――それは丁重にお断りして。
それこそ大企業みたいに毎年毎年採用するということはできないので、それはなかなか難しいけれど、結局はなりたければ花火会社に入るしかないですものね。自分は花火の経験がないですけど、と言いますけど、花火の経験がある人なんてそんなにいないですからね。もちろん採用する側だって初めてだと思って話しているので(笑)。ただ、夏は華やかで、大体今でも90%ぐらい打ち上げる数になります。シーズンが終わるのがウチの場合で9月半ばぐらい。9月の最終週ぐらいに、1週間ぐらい休んで、10月からまた作り始める。その作り始めるのは、やっぱり地道な作業がほとんどなので、夏の華やかさと落差も大きいんですよね。それでも1年経てばまたそういう時期は来ますが、ただ単に花火を見て感動してやりたいとなると、なかなか継続するのも難しいのかもしれないとも思うのです。
――1年間をだいたいどのようなサイクルで過ごされますか。
花火って工程があるんですよ。ひとりで最初から最後まで作った花火はほとんどない、というかゼロです。ある意味チームワークで、4つぐらいの工程があって作ります。もちろん10月から作り始める時は全ての工程が動き始めるわけですけど、4月から5月ぐらいになると、一番最初の工程がなくなるというか一旦キリがついて、花火を打ち上げるための準備作業に入っていって、最後のギリギリまで作っていることもありますしね。年間はそんな感じですね。
――何人ぐらいでやられていますか。
今は12、3かな。
――それぞれに役割があって、全体的な監督をされている。
そうですね。
――花火って1年でどれぐらい作られるんですか。人気花火師さんだととても多いのかなと。
そんなにたくさんは作ってないです。ただある程度お客様がいなかったら花火は作り続けられません。たくさん作れば作るほどリスクも高まる部分がありますからね。それでも好きな花火を作り続けられたらいいなと思っています。どれぐらい作っているかというのもなかなか表現できにくい。それこそ10号玉、というと直径約30cmぐらいのと、小さい小玉で3号玉だと9cmぐらいとか。見た目でも全然違う種類がいくつかあって、それでサイズが大きければ大きいほど当然時間もかかるし、ということを考えると、もちろん明細を全部調べてそれを足せば出てきますけど、あまり数というのは意識にないですね。
――色々な方に花火を上げてほしいと言われるのは、磯谷さんの花火のどこに魅力を感じていらっしゃるのかなと。花火師さんが何人かいらっしゃって技術評価じゃないですが、これが素晴らしい花火だというのはどこにあるんでしょうか。
やっぱりあれじゃないですか。たとえば日本の平均的な花火があって、そこから際立っている特徴があるということなのかなと。色もそうですし、色じゃない部分もあると思うんです。こういう形が綺麗に出せるとか。それがやっぱり際立っていないと埋没するし、ぜひそこの花火会社にという話にはならないですよね。
ビールを少し減らしてでも花火を見たいというふうに思わせる
――磯谷さんが目指していらっしゃる花火は。
実は意外に目指している方向性というと難しいんですけどね(笑)。ひとつには新しい花火もありますし、もうひとつには伝統的な花火も更に完成度を高められないのかな、ということは考えています。ある意味欲張りといえば欲張りなんですけど、全体的に考えていますね。
――落語でいう古典と新作みたいな。
そうですね。花火大会もやっぱり色々なものがあって、一般の人からすれば、花火鑑賞士さんのように鑑賞するという言葉は出てこなくて、ビール片手に最初は8割ぐらい花火を見ていても、1時間ぐらい経つとビールがメインになってくるくらいのものだと思うんですね。そういう人たちを100%というのはは難しいですけど、ビールを少し減らしてでも花火を見たいというふうに思わせるように花火を作っていくには、どうしても基本的な丸い花火だけだとそうはなかなかいかないです。丸くて色が綺麗だ、というだけだとやっぱりビールに移っていっちゃうので(笑)。そういう点で新しい花火でいうと、変わった花火が出たとなると、興味をひくことができるので、そういう意味から言うと古きも大切にしつつ、やっぱり新しい花火は必要かなと思っています。
――打倒ビールだと(笑)。
そうですね(笑)。
――ドラマチックハナビという演目を、手がけていらっしゃいますが、きっかけはどういうところにあったんでしょう。
さっきの新作の話とちょっと繋がりますが、よく取材などでも今年の新作はどんなものですか?と聞かれることがあります。でも新しい花火といっても毎年なかなかできるものではありません。新しい花火をというだけならいくらでも作れるわけですよ。でも聞き手の心情としては、今までに見たことのない花火で、更に綺麗な花火、というのが多分今年の新作という言葉には隠れてると思うんですね。そうするとなかなかできない。ただ、今秋田県の大仙市で全国花火競技大会が行われているんですが、あれは一年間のひとつの目標とはなっているので、それを目指して新しい花火も作ってはいます。半年以上ぐらいは色々試行錯誤して出品しているので、翌年以降それを一般的な花火大会に使って、新作の真新しさを出せるのもひとつの目標なんですけどね。そんな中ドラマチックハナビ(参考URL: https://uchiage-hanabi.com/technology/doramatichanabi/)も一つの新作として提案しました。平成の始めぐらいから、私たちは音楽にシンクロする花火【メロディ花火】(参考URL:https://uchiage-hanabi.com/technology/)というのを作り始めたていたのですが、今は全国の花火大会を見ても、必ずあるのは音楽とシンクロする花火というもの。それこそ情報誌などを見ればほとんどそうなってきていますよね。勿論私たちはそれでも差別化できるとは思っているんですが、更に全然知らない人にアピールするという意味で、更にもうひとつ別のことを考えました。
実際にやってみて、さっき言ったビール飲んでる人達(笑)にはとてもすごく効果があったんですね。でも実はドラマチックハナビは、そのドラマの部分ももちろん大切なんですけど、私たちが本当に伝えたいのは、花火自体の良し悪しをわかってほしいんです。私たちのミッションは花火の良さを伝えることですが、まずとにかく花火に首を向けてもらうには、こういうやり方もあるのかなと。今中国から輸入されている花火なども多くなっている中、我々や日本の職人が作っているものとは、やはり違うものだと、一般の人にとりあえず花火はみんな一緒じゃないということを伝えたいんですね。逆にそれが、アートとしてのものを分かってくれるような世の中にならないと、日本の空から日本の花火は消えるのかなと。世界的シェアは今中国の一人勝ち状態です。アメリカでもヨーロッパでも多くは中国から輸入している。一度、スペインの方と話していたら、実は日本の花火業界で言っていることとほとんど同じこと言ってるんですよ。スペインも花火があるんだけど、中国の花火が入ってきて、中国の花火はつまらないし品質悪いけど安いからシェアを得てしまうと。日本ではまだそこまではいってないですけど、これは多分同じことが全世界で起こっているんだなと。
――なるほど。
どちらかといえば中国の姿勢を見ていると、ビジネスとしての花火です。もちろんそれは大切なことなんですけれど、日本の花火師はちょっと違う観点を持ってるんじゃないかなと思います。別にそれは売上が上がるからということだけではなく、こうすればお客様に喜んでもらえないかな、という観点をみんな持ってると思うんです。私たちはたとえば顧客からこういう花火はできますかと聞かれた時に、その言葉だけでは分からないので、あなたの求めているものはこういうものですか?というようなコミュニケーションがあります。でも中国に関してはこういうものを作ってくださいと言った時に、こういうものですか、と聞かれたこともない。とりあえず売っちゃえばいいという姿勢だなとは思うんです。おもてなしの文化とは言わないですけども、やっぱり日本の花火師はそういうところを持っているのかなと。
――日本の花火は綺麗で技術的にもすごいですが、一番の差はなんでしょうか。
たとえば中国花火でも連続的に花火を打ち上げてしまうと、差がわかりにくくなるわけですね。ところがひとつずつ見せられたら、やっぱり品質の差は歴然としてきます。ひとつの玉の中に、大きさにもよりますが何百粒という星と呼ばれる光る部品が入ってるんですね。それが統一して変化していくとか、そういうのは細かいところに気を使わないとできにくいので、心を打つものになっているかどうかは差があると思います。こうやったほうがよりお客さんが喜ぶんじゃないかな、ということで繋がってきている部分で、それは違いじゃないのかなと思いますね。
――相当緻密な計算で配置されている。
ある意味そうですね。いくら花火の中が綺麗に整然と配置されていても、打ち上げて爆発したあとに綺麗かどうかというのはちょっと違うことがあるので、それをも含んで計画を立てなくちゃいけないわけですよね。
――中国との作り方も全然違うと、気の使い方なども。
そうでしょうね。だけどビジネスという話になっちゃうと、それをやったからって多分高くは売れないんですよね。じゃあ気を使ったぶんコストに添加されるかというとそうはいかないんですけど、それでもやってるような部分もあって。少しでもその根幹の部分まで見てもらえるように努力しなければいけないですよね。やはり一つの芸術として、より花火の魅力に一般の方を巻き込まなければ、じゃあ中国花火でいいよね、何万発の花火がいいよね、ということになっちゃうので。
良いものをみないと悪いものも見えない
――それは一般の方が本物の花火をみていない、良い花火大会に行ってないという。
そのとおりなんですよ。例えば良い花火が上がる大会をみて、とても感動していただいたかたがいて、こんなに花火って素敵なら、これから色々な花火大会見に行ったそうなんですけど、他の花火大会は良くなかったそうです。花火の良さがわかる花火大会が少ないのかもしれないです。
――エンターテインメントや本当に美味しい食事みたいなものと同じだなと思いました。本当に良いものを見ないと、食べないとわからないという。
そうなんですよね、良いものを見ないと悪いものも見えないんですよ。それが悪いということが判断できないので。
――ライブハウスなどでも音が悪いとすぐ帰りたくなるんですが、良い音が出ると一気にファンになる。
悪いライブハウスがたくさんあると、やっぱり心が動かないんですよね。
――東京や神奈川の人間だと、花火を見に行くというとまず人混みに行くということを想像してしまいます。
まずそれが嫌だという人がすごくたくさんいますものね。そこを払しょくして一度、これぞ!という花火大会にいってもらいたいです。
――少し戻りますがドラマチックハナビは台本なども磯谷さんがやられているんですか?
作ってますね。それがなかなか難しくて、普通のメロディ花火もそうなんですけど、やっぱり人間の心の動きを読むというのはなかなか難しいです。ここで笑いが来るとは思わなかったとか、そういうのは結構ありますね。人の心が読めたらなと思いますよ(笑)。
――打ち上げの時でもお客さんの反応は分かるものですか。
私はもうほとんど観客席で見ているので、反応は分かりますね。計画見たときにこれで大丈夫かなと思ったものでも、意外にうけてくれたり、トライアンドエラーですね。方程式はほとんどなくて、どういうふうに感じてもらえるのかな、というのは難しいですね。
――それこそ昔は花火自体を見に行くというのが当たり前のかたちだったんですかね。
そうかもしれないですね、最初は。それ以降は、デートの場とかお祭りとか、というふうになっちゃったのかもしれないですね。
――これからの何か新しいアイデアは。
そうは出てこないですよね。新しい花火も一応今年ありますが、さっきの話にちょっと戻っちゃいますけど、完全に新しいというのはやっぱりないわけですよね。ただそれがたとえば究極までいったときに、一般の人たちがこれ新しい花火だね、と言ってくれるかどうかだと思うんです。だからこちらがやっていることとしては、別にそれほど新しくないんだけど、新しくないものをいかに新しいと認識してもらうように作るのかが大切なんですけど、そういう中でもこの花火は20年に1回の花火だなとか、これは業界に影響を残すような花火だなというのは稀です。
――やはり見てくれる方に感動を与えたいということで。
もちろんそれは基本的にありますね。
――最後に磯谷さんにとって花火とは。
唯一言えることは、さっきの理想の話じゃないですけど、理想の花火というのは永遠に作れないんじゃないかと思ってます。どういうことかというと、たとえばそこまで行ってしまうとまた理想が高くなってしまう。茶道や柔道みたいに、そこまでいってしまうと、更にこれができないかなと思ってしまいますから。一生最後まで。私も、今まで打ち上げた中で、どれが最高点ですか?とか、十分満足する花火だと思いますかと言われても、ちょっと満足できる花火がまだ作れていないから、といってしまいます。「道」なんだと思いますね。たぶん死ぬ時にもそうですよ、変わらないと思う
取材・文=秤谷建一郎 撮影=三輪斉史